開館一周年記念特別展「知られざる尾道仏教美術―浄土寺編」が、7月15日(土)〜9月3日(日)の間、開催されます。
尾道は瀬戸内海のほぼ中央に位置し、美しい風光と自然の良港に恵まれて平安時代の昔から荘園米や内海物の積出港として経済的発展を遂げています。豊かな経済に支えられて市域には多くの寺院が立ち並び仏教文化の受容が行われてきました。
このたび、「知られざる尾道仏教美術」シリーズの第一弾として取り上げる浄土寺は、飛鳥時代に聖徳太子によって開創されたと伝わり、瀬戸内地方を代表する古刹のひとつとして知られています。
浄土寺は、鎌倉時代後期、尾道の有力者たちの懇請を受けて、奈良・西大寺の僧侶 定証がこの地を訪れ、嘉元4(1306)年に衰退していた七堂伽藍を再興しましたが、正中2(1325)年に火難のため堂塔が焼失しました。しかし、直ぐに尾道の富豪 道蓮・道性夫妻の発願によって再建され、現在、国宝に指定されている本堂や多宝塔をはじめとする数多くの文化財が伝来しています。
本展では、これまであまり目にする機会がなかった浄土寺に伝わる未指定の文化財を中心に展覧を試みます。展覧を通じて、尾道がもつ高い文化と伝統を理解され、また先哲が残した文化遺産に対するに認識をさらに深めていただければ幸いです。
最後に、本展を開催するにあたり、ご協力いただきました浄土寺をはじめ、多くの皆様に心から感謝の意を表します。(特別展あいさつより)
併設:尾道の出土文化財
中世の港町・尾道−尾道遺跡から発掘されたもの−
尾道は平安時代末期、嘉応元(1169)年に備後国大田庄の倉敷地に公認されて以来、瀬戸内海の航路上、重要な拠点として繁栄してきました。第二次世界大戦の戦禍や戦後の大規模開発を免れた現市街地の地下には、現在でも中世から受け継がれてきた「港町・尾道」が包蔵されています。
尾道市教育委員会では、昭和50(1975)年の第1次調査から現在まで190回を越える発掘調査を実施しており、中世の港町の様子が解明されつつあります。展示した写真からも、中世尾道の海岸施設と推定されるものや、全国的にみても珍しい大甕が2列に並んで埋められた状況、一度にたくさんの土器が出土した状況などがみてとれます。
また、現在展示中の陶磁器や木製品など、その当時使用されていた生活用具が数多く見つかっていて、鎌倉〜室町時代の生活の様子がうかがわれます。陶磁器には中国製の青磁・白磁、備前(岡山県)焼、瀬戸(愛知県)焼、常滑(愛知県)焼、唐津(佐賀県)焼などがあり、広範囲の地域から尾道に運ばれてきていることが分かります。これらの陶磁器や碗や鍋などの素焼きの土器は、港町における交易品として扱われていただけでなく、尾道に住んでいた人々の生活必需品でもあったと考えられます。
展示中の羽子板や杓子、下駄などの木製品も、当時の生活・文化について私たちに多くのことを教えてくれています。私たちは、昔の人々が残してくれたこれらの文化財から多くのことを学び、今後も市民のみなさんの御理解・御協力のもとに中世の港町・尾道の調査を続けていきたいと思います。(特別展ちらしより)